宮地嶽神社
【神社】
福岡県福津市にある宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)は、神功皇后(じんぐうこうごう)を主祭神として祀った神社です。
神功皇后は第15代応神天皇(おうじんてんのう)の母親です。神功皇后は宮地嶽神社だけでなく色んな神社の祭神ですが、そもそも全国に数多ある「八幡宮」の祭神は応神天皇と神功皇后ですから、八幡宮を訪れる方は御存知の神様だと思います。
「八幡宮」とは宇佐神宮を総本社とし「八幡神」を祭神とする神社のことで、「八幡神」とは第15代応神天皇のことです。応神天皇を主神とし、応神天皇の母親である神功皇后と比売神(宗像三女神)を併せて「八幡三神」として祀っているのが八幡宮です。神社によっては神功皇后や比売神に代えて第14代仲哀天皇、武内宿祢、玉依姫命を祀っていたりもします。管理人が今までに訪れた八幡宮では応神天皇と神功皇后、比売神が祀られている場合が多いですね。
神功皇后はたいへん勇ましい女性であり偉大な人物です。事績を辿るとほとんど超能力者なのですが、そのむちゃくちゃっぷりが管理人は好きです。
夫の第14代仲哀天皇が崩御した後、まずは熊襲を征伐し、お腹に応神天皇を宿したまま三韓征伐に向かい勝利。応神天皇が生まれそうになるとお腹に石をあてて出産時期を遅らせるエピソードがありますね。
三韓征伐から凱旋した後は留守の間に起こっていた応神天皇の異母兄の反乱を平定し、その後も朝貢しない新羅を叩きまくっています。「戦いの女神」のようなイメージがあったのか、武士(清和源氏)の崇拝を受けた聖母神としても有名で、元々は第15代天皇として数えられていましたが大正年間に外されています。戦後は教科書からも外されてしまったので、今の若者たちは神功皇后のことを知らないのかもしれません。もったいないですね。『日本書紀』や『古事記』を是非読んでください。面白いですよ!
宮地嶽神社は神功皇后が三韓征伐の前にこの地に滞在し、宮地岳の頂に祭壇を設けて祈願して船出したのが始まりだそうです。ですので主祭神が神功皇后なのです。
画像は本殿(拝殿)から境内外へ向かっていく順番で掲載しています。
何も考えずに休日だからと宮地嶽神社を訪れましたが、いきなり目の前で豆まきが始まり参拝客にもみくちゃにされてしまいました。参拝したのが2月3日だったので「節分祭」当日だったのです。管理人は初めて節分祭を経験しましたが、人の多さにビックリしました。
予想外に多くの参拝客がいたので社殿の写真をうまく撮影することができませんでしたが、参拝客がいなかったとしてもスマホで撮影しているのでたぶん画像はブレブレだったと思います。
ちなみに奥の宮八社には参拝していませんので画像はありません。
本殿だと思っていた建物が実は拝殿だったことに、管理人は最近気が付きました。←
鳥居の写真も掲載していますが、なぜしつこく鳥居を撮影したのか自分でも謎です。
宮地嶽神社の参道では太宰府天満宮の梅ヶ枝餅によく似た「松ヶ枝餅」が売ってありました。焼印が宮地嶽神社の神紋「三階松」になっていて、梅ヶ枝餅とは別物です。よもぎ味があるので、しつこいですが梅ヶ枝餅とは明らかに別物です。初めて食べましたがめちゃくちゃ美味しかったので、宮地嶽神社を訪れた際には是非どうぞ!
計30枚掲載。

所在地:福岡県福津市宮司元町7-1
撮影日:2013年02月03日
掲載写真:30枚
主祭神:息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)
=神功皇后(応神天皇の母親)
◆宮地嶽神社拝殿



大注連縄(大しめ縄)
宮地嶽神社公式ホームページによると、宮地嶽神社の拝殿にある大注連縄は3年に1度掛け替えられるそうです。直径2.5m・長さ13.5m・重さ5tもあり、「日本一の大注連縄」とのこと。
間近で見ると凄い迫力です。
節分祭(豆まき)


◆宮地嶽神社楼門


本殿側より撮影
本殿側より撮影


参道側より撮影した写真。
宮地嶽神社の楼門はすごく立派で圧倒されてしまいました。


